誕生日パーティー・・・に行くまで

今日は スウォン でジュホくんの誕生日パーティーだった。
昼ごろ、무궁화ムグンファ号普通列車)に乗って北上。
추석(お盆)のために帰省ラッシュがはじまっており
「座席券」はすでに売り切れていた。


KTX(新幹線のようなもの)、
새마을セマウル号=急行列車)  にはないのだが
무궁화ムグンファ号普通列車)には
「입석(立ち席)」
というものがある。
普通の「座席券」よりもいくらか安い。


スウォンまで2時間20分。
立って行く事を覚悟して、旅のお供に「徳川家康 5巻」を持って行った。
しかし、人はそれほど多くなく
駅と駅の合間に、空いた座席に座っていくことができた。
・・・そうか。帰省ラッシュで混雑するのは
ソウルから地方に南下する列車だもんな、と思った。


車内を見回すと50%がおじいさん・おばあさん。
ソウルに住んでいる息子・娘夫婦に会いに行く、といった感じで
한복(韓服)を着ていらっしゃる方も多い。
手作りのお弁当を夫婦で食べたり、
一人で白いスーツを着てソウルに向かうおじいさんにもあった。


この、ジュホの誕生日会に行くための 
スウォンまでの2時間20分の道のりが
予想外に とても素敵な旅になった。





●白いスーツのおじいさん
・・・空いた席を見つけたので座ったら、
   となりに白いスーツを着たおじいさんがいた。
   それも胸元に花が飾られているようなおしゃれなスーツで、
   麦わら帽子も靴も白でバッチリそろえられていた。
   背筋をピンと伸ばして、昔はさぞモテただろうな
   と思える、ハンサムな顔立ちをしている。
   年は70過ぎといったところか。
   

   座って、小説「徳川家康」を読み出した。
   ・・・家康の子供信康が、15歳という若さであやめという側女を
   めとるのだが、そこには母・築山御前と臣下・大賀弥四郎の陰謀が・・・
   というところで
   「日本人ですか?」
   と、日本語で声をかけられた。
   

   顔を上げると、白いスーツのおじいさんが笑顔でこちらをみている。
   「あ、はい。」  少し緊張して答えた。
   こちらのお年寄りは、これぐらいのお歳だと日本語が話せる方が多い。
   

   「ちょっと見せてください。」と本を手にとってパラパラ・・・
   興味がなかったのか、難しかったのか、すぐに本を私に手渡しながら
   「旅行ですか?」と話しかけてきた。
   「아니요,일 때문에...」(いえ、仕事で・・・)
   と、思わず癖で韓国語で答えてしまった。
   するとおじいさんは、うれしそうに頬をゆるめて
   「한국말 할 줄 알아요?!」(韓国語できますか!?)
    と韓国語で身を乗り出してきた。
    それから小一時間、このおじいさんとの話に花が咲いたのである。
    

    おじいさんは82歳(見えない!若い)
    でも、とっても元気で病院にいったことなどないという。
    旅行が大好きで、今まで世界中36ヶ国を旅して歩いたそうだ。
    日本も18日間かけて、九州から北海道まで。
    ヨーロッパもアメリカも、東南アジアやアフリカからインドまで
    カメラ片手に旅をしていったそうだ。
    その記憶力もすごい。各地の地名がスラスラーっと出てくる。
    イギリスでの話、ネパールでの話、インドでの話・・・
    そんな旅の話を聞いていると、
    不思議に自分も世界を覗いているような気がして
    とても素敵だった。
    

    やがて、おじいさんの隣の席の人がやってきたので
    私は「では 失礼します」と席を立った。
    私は(たぶんおじいさんも)話し足りなくて
    少し後ろ髪を引かれる思いでお別れしたのだった。




●お弁当夫婦
    白いスーツのおじいさんから8列ほど後ろに
    また空席があったので座りに行った。
    後ろには、ちょうど昼ごはんを食べている老夫婦が座っていた。
    奥さんは60代後半、おじいさんの方は70歳を過ぎているようだった。
    

    2人はそれぞれの手にごはん(赤飯)を持ち、
    奥さんのひざの上にのっているおかずをつついていた。
    焼ざかな、たくあん、キムチ、お野菜・・・
    ほのぼのしてていいな〜と夫婦を見ながら席につこうとした瞬間
    「ちょっと・・・ 本を見せてください。」と
    またもや日本語で、おじいさんに話しかけられた。
    

    食事の手を止めて、「徳川家康」をしげしげと眺め
    「うん・・・徳川家康 しっています。」
    とつぶやいた。
    奥さんのほうは日本語がわからないようで
    「??」という表情で、ご主人を見つめていた。
    「織田信長・・・ 豊臣秀吉・・・ 徳川家康・・・」
    小さい声でそう言ったあと、本から目を上げて
    「あなたは 日本人ですか?」
    と大きな声で質問をした。
    

    「はい、そうです。」
    こちらも日本語で答えると
    ご主人は、奥さんのほうをチラッと見てから
    「ちょっと見とれよ〜」という得意げな顔で
    「失礼ですが、何歳ですか。」
    「どこに住んでいますか。」
    「韓国はどうですか。」
    と、次々と私に質問を投げかけた。
    

    そしてご主人は、自分の日本語が本当に通じているのか
    確認しているような面持ちで、私の返答に注意深くうなづいた。
    ほんの数分のやりとりだったけれど
    なぜだかドキドキした。
    

    私が席についた後、後ろの席で再びお弁当をムシャムシャしながら
    奥さんが 「なんて質問したの?どう答えたの?」と
    ご主人に尋ねていた。
    食事が終わって、ご主人がトイレに行くとき
    通路から私のほうを振り返り、ニコッと笑ってウィンクをした。
    『君のおかげで、女房は俺に惚れ直したみたい!』という
    ちゃめっけタップリのかわいいウィンクだった。 




●韓服のおばあさん
    お弁当夫婦の前の座席、窓側には
    韓服(ハンボク)を着たおばあさんが座っていた。
    いや、私が座ったときには寝ていらした。


    その横に腰掛けて、私は再び「徳川家康」を読み始めた。
    ・・・武田信玄が鉄砲で打たれた。・・・
    ちょうどそのあたりにきたところで、
    左から強烈な視線を感じた。

      
    韓服をきたそのおばあさんが、じーっと小説をみている。
    そして韓国語で一言
    「あんた、日本語勉強しとるんか?」
    方言がきつくて聞き取りにくかった。
    「ううん」と首だけ振って答えると
    「ほんなら あんたは 日本人か?」と。
    「はい、そうです。」と韓国語で答えると
    「なんで 韓国におる?」とすぐに質問が返ってきた。
    

    80歳くらいで、顔はしわでいっばい。
    体は小さくて、色が黒く、目だけがウルウルしているおばあさんだった。
    「仕事をしているんです。」
    「何の仕事や?」
    「日本語教師です。」
    「あんた・・・まだ子供ちゃうんか?」
    「あ・・・ へぇ、ま、その・・・」
    

    別にけんかをふっかけられてるわけではないのだが
    少々ぶっきらぼうに話すおばあさんで、ついオドオドしてしまった。        「ふんっ」と鼻息をふいて、おばあさんは再び窓の外を見て
    コクリコクリとし始めた。
    

    20分ほど経つと「うーん、だるいわい!!」といった感じで
    起きだして、席の上に立って伸びをひとつ。
    私はこけないか心配で、下からチラチラ様子をうかがっていた。
    再び席についたおばあさんと、バチっと目があった。
    どうにもこうにも気まずくて、何か話さなければ!と
    とっさに口が動いた。
    

    「お、おばあさんはソウルまでいらっしゃるんですか。」
    「ん。」
    「ご家族がいらっしゃるからですか。」
    「そ。」
    ドキドキ 話す気はないのかな。
    でも、まだこっちを見ているし・・・
    ・・・
    そこで途切れたかと思ったら、
    今度はおばあさんから
    「おまえはどこまでや?」
    「へっ?」
    「どこまでいくか聞いとんのや。」
    「あ、スウォンまでです。」
    「家族か?」
    「あ、いえ。友だちの誕生日パーティーに・・・」
    「フンッ」  (←鼻息で返事。ほんまに。こわい)
    

    「日本は陽暦でお盆をします。ですからお盆は先月終わりました。
     韓国と同じようにお墓参りにいったり、久しぶりに家族や
     親戚が集まって食事をしたりします。」
     一気に説明をすると
     おばあさんは、私のほうを見ようともせず
    「私の子供はなぁ・・・と」突然話し始めた。


     なまりがひどくて話の内容が聞き取れなかったのだが
     自分の子供の話(どの大学を出てどこに就職したとか)を
     ずーっと話してくれた。
     私は、あいづちを打ちながら
     おばあさんに対する恐怖心がとけていくのを感じた。
     

     「お母さん」なんだな。このおばあさんも。
     私が聞いているのか、聞いていないのか、
     そんなことは全然おかまいなしで
     ずーっとお子さんの自慢話をしていた。
     

     私が降りるときに、携帯電話に電話がかかってきた。
     おばあさんが「はいはい」と話をしている中
     私はおばあさんにお辞儀をして席を立った。
     後ろに座っている夫婦にあいさつをし、
     最後に白いスーツのおじいさんに声をかけて汽車を降りた。
     

     今日はじめて会った人たちから、はじめて聞くお話。
     一期一会 なんて素敵な縁だったんだろう。
     スウォンのホームで、「徳川家康」をにぎりしめ
     小躍りしたい幸せを感じながら改札を出た。